ミュージカル『ジャック・ザ・リッパー』より “もう止められない”の魅力について書いてみた
この曲は舞台俳優のオタクなら誰しも自分の応援している役者に歌ってほしい!と願う曲だと思います。
ロミジュリで言うところの“僕は怖い”。主人公ダニエルの心情を1曲の中でドラマティックになぞって静かな吐露から始まり激情で終わる。
絶対見たいでしょ!!
ということで日本初演で主演をした木村達成さんが歌っているのを見ることができた私はなんて幸せ者なんだ!!という話なんですが、この曲の好きなところをまとめてみました。後で自分で思い出に浸る用です。
この曲は3部構成になっている。
1部
何も考えられない 悪夢から出られない
誰か僕を揺すって起こして
苦しくて息もできない
まるで底なし沼だ
抜け出したい この暗闇から
まずたつなりさんの低音が最高なんだ!!
ここ最近の舞台であまりにもたつなりさんの高音の歌声が素晴らしいもんだからついついそっちを特筆してしまうんだけど、そもそもたつなりくんの声を好きになったきっかけが低音ボイスなので、いいよね!知ってた!!
千秋楽はここからもう違ってて、2幕は特にいつもと違うなと感じていたんだけど、今までは眉をひそめてどうしたらいいかわからず怯えて困惑の表情をしていたのが、なんだか淡々としていた印象でした。あまりのことに感情が追いついていないような。
たつなりさんの感情が無になる瞬間が怖い。脱線するけど“カオス”でモンローに至近距離でフラッシュ焚かれても目も瞑らずにどっかにイっちゃってるの怖いよね......。普通の人間はあんな近くでフラッシュ焚かれたら目瞑るじゃん!たつなりさんは役に入ってるからそうなってるのか役者だからできる凄技なのか、とにかくすごい。
話は戻りますがイントロがめちゃくちゃロマンティックだと思うんです!ヴァイオリンが切々と奏でてどんな曲が始まるんだろうと思わせたところからこの曲のドラマ性は始まっている。黒鍵の下降が宙ぶらりんな感じがして、これからの展開を予想させるような、それでいてどこか甘さがある音色なんだけど、そこからの「今悪魔の仲間になろう」だから怒涛の展開ですよね...。ダニエルの運命の回転早い。
♪誰か僕を揺すって起こして
あんなクズなのに!(K MC倶楽部を聴いたらクズかどうかが議論の余地ありになった)あんな顔されたら!同情を誘うのがずるい!肩を抱いて子犬みたいになってて庇護欲をそそられる。
♪まるで底なし沼だ 抜け出したい この暗闇から
発声がプロい。いや、プロなんだが。
ロミジュリあたりから、中音域に数音上がるときにこの丸い発声をするなあと思っていたんだけど、発展途上だったものがここにきて抜群の安定感でプロい。
2部
君の人生傷つけ 奪ったのはこの僕だ
医者としての良心投げ捨て 悪魔に従おう
ほんの少し目を瞑ればいいんだ
人を殺すことをほんの少し目を瞑っただけで正当化しようとするなと思ったんだけど、よくよく考えたらダニエルは愛のために人殺し(に加担すること)になることに葛藤しているので、そうやって自分に言い聞かせることでなんとか自我を保とうとしていたんだな......というのを千秋楽後のK MC倶楽部のダニエルanswerを聴いて思いました。K MC倶楽部はFC会員でなくても無料で聴けるのでこのブログに辿り着いてくださったまだ聴いていない方はぜひ聴いてみてくださいね。
と書いたのですがこの記事を寝かせている間にFoot looseは閉鎖してK MC倶楽部も聴けなくなってしまいました...ですがこんな素晴らしいコンテンツがあったんだよということでFoot looseが生きた証を残しておきます......
https://www.tatsunari-kimura.com/tatsunari_voice_kimura-14/
https://www.tatsunari-kimura.com/tatsunari_voice_kimura-15/
https://www.tatsunari-kimura.com/tatsunari_voice_kimura-16/
https://www.tatsunari-kimura.com/tatsunari_voice_kimura/
このあたりは“カオス”でアンダーソンに問い詰められたときの「卑劣な殺人鬼め!なぜこんなことをした!」「グロリアを救うため!全て愛のため」の何言ってんのこの人????に繋がる。
観ているときは「お前の愛のために他の人を犠牲にするのか?」と思ったんだけど(「彼女はダメだ」も同様に)、これがダニエルが殺人を「辞めるわけにはいかない」理由なのかな。
私はアンダーソンの「やめろ!こいつはただの殺人鬼だ!」に同意です。「世間はこいつに同情する。そしたら死んだポリーや女たちは?ロマンティックな殺人事件を飾るただの小道具になってしまう」ってアンダーソンが言ってくれたことで正当性が保たれたと思う。
ダニエルは殺人の罪は犯すものの、倫理観が根っからおかしい人というわけでは決してなく(殺人ダメ、ゼッタイ)、愛のために真っ当な価値観を逸脱した結果狂気に走ってしまった。
これをたつなりくんが「愛の力が勝った」って言い方をしたのが好きでした。
演出の白井晃さんがパンフレットでおっしゃっていた「辞めるわけにはいかない」はすごく的を得た言語化だと思って、ダニエルはグロリアを救うために殺人を辞めるわけにはいかない。
「罪の意識はあった、でも仕方がなかった。」
その葛藤がたつなりくんのダニエルの人間らしさに繋がり、「辞めるわけにはいかない」に繋がった。
光があるから影が映える。影があるから光が映えると同様に、人間らしい葛藤があるから悪魔の部分が映える。
それにしてもたつなりくんの歌声は正義の色がしますね。
「医者としての良心」のところですが、良心⇄狂気だと思っていたんだけど、千秋楽でダニエルが初めて人を殺したときに、自分が刺した娼婦に一瞬手を伸ばしたのがまさか医者として怪我人を救わないとという潜在意識から出た行動か?!と驚きました。
“取締室”で床ドンからの♪僕のせいだから狂い始めるのがトリガーになっているんだけど、“もう止められない”でも「僕のせいで君を傷つけた」というワードでダニエルの中の悪魔がギョロっと飛び出てくる。千秋楽はダニエルの中の悪魔が出てくるのが全体的に早いなあと思ったんだけど、♪医者としての良心投げ捨て 悪魔に従おうで完全にキテましたね。
♪ほんの少し目を瞑ればいいんだ
ここは3部への助走だと思ってる。「目を瞑れば」と歌いつつも目が溢れんばかりに見開いてドロっとした狂気が見え隠れしている。決意の歌。
この後の金管のドンがおいしいなあ〜!やってて楽しいだろうなあ〜!
3部
良心など もう捨て去れ
涙は枯れた 後悔しない
後戻りできない
その命を救えるならば
今悪魔の 仲間になろう
どんなことでも やり遂げよう
止めるなら この僕を
引き裂いて
地獄の炎で 焼き尽くすしかないんだ
もう 止められない
たつなりくんは歌い方はもちろん、歌っているときの魅せ方もうまいなあと思うんですよね...特にこの3部。
♪その命を救えるならば
で片手を伸ばして後退するところ(ダニエルの研究室に対して上手側にグロリアがいると後から気付きました)は劇的。
♪今悪魔の仲間になろう
で顔の前に掌を持ってくるところは密かに生執事の古川雄大さんを連想してしまっていました。悪魔パワー宿してるわ...。思わずあの手袋の下に悪魔の契約印を隠しているんじゃないかと勘繰ってしまう。
特に好きなのが、
♪地獄の炎で焼き尽くすしかないんだ
のやで右手をバッと広げるところ!「地獄の炎で」でコウモリみたいにマントを膨らませるのが人間ではない別の生き物のよう。そこからニョキッと生えてきた片腕にジャックが帽子を渡す、不気味さも感じられるこのシーン。この魅せ方が持ち前のスタイルのよさがもたらした偶然の結果ではなく、意図してこうしたのだとしたら、木村達成さん本当に恐ろしい!自分の魅せ方があまりにも分かりすぎでは?!感情的なようで実は緻密に計算されていて天才!(たつなりくんのことだからここも鏡の前で研究して考え抜かれていそう)
帽子渡すところは見ないでやるのもかっこよかったけど、貰うところを見るバージョンも好きでした。特に千秋楽は後者だったのですが、帽子をもらうこと=自ら受け入れることのように見えて覚悟が感じられました。
♪もう止められない
このワンフレーズで様々な感情がダニエルの体を駆け巡って、悲しんだり狂気に顔を歪ませたり嘆いたり覚悟したり......葛藤の凝縮のような表情で歌っているのがたまらなく好きでした。
大楽の「止められ」が今まで観た回と全く違くて度肝を抜かれました!!!
もうは前に張って、止められは弱々しく崩れて、ないは突き進んで...
こんなに弱々しい「止められ」があっただろうか、というくらい緩急が素晴らしかった。
そもそも「良心などもう捨て去れ」って言ってる時点でダニエルは良心を捨てきれていないと思う。どこかに良心が残っている。残っているというよりは、彼が生きてきた中で核として積み重ねてきた信条は、ダニエルという人間を構築する上で染み込んでいるからそう容易く捨てられない。その良心がキリキリといくら痛んだとしても、何もかも捨て去る覚悟。暴走列車になるけど悪魔になりきれない葛藤と悲しみが色濃い千秋楽でした。
私はたつなりくんが綺麗な顔を歪ませて全部曝け出してお芝居する姿が大好きなんだなあと気付かされたJTRでした。
たつなりくんと言ったらクールな二枚目キャラとかいい家柄のお坊ちゃんポジションとか、そんなイメージが数年前まであったんですけど、スッキリでも紹介されていたように、幅広い役柄を演じるようになったと改めて感じます。今までは「この役を木村達成が?!」とびっくりしていたけど近年の活躍ぶりを見ると、もう何が来ても驚かないぞ......!!と覚悟を決めています。(と言いつつ絶対に驚いてしまう...)
そんな木村達成さんご出演のミュージカル「ジャック・ザ・リッパー」はWOWOWライブで2月26日(土)夜7:00〜放送が決定しております!木村達成さん・加藤和樹さん・堂珍嘉邦さんのAチームです。3月には小野賢章さん・松下優也さん・加藤和樹さんのBチームも放送予定だそうです。
JTRはこの先日本でも何度も上演される作品になると思いますし、絶対に後悔はさせないので少しでも気になった方がいたら観てください!!!
よろしくお願いします!!