千秋楽の“闇が広がる”のお話
8/25ソワレの“闇が広がる”は、たつなりくんがエリザベートという作品に向き合って舞台に立ち続けた3か月間、いや、たつなりくんが役者さんになってからの数年間が試された約4分間だったように思える。
いついかなるときも最高のお芝居をすることが正解だとしても、やはり千秋楽は私の中で特別で、今までの公演で積み重ねてきたものの集大成という意識で観てしまう。
舞台上でミスは起きないに越したことはない。そもそもそんな事態を招くべきではないということは重々承知している。
それでもあの日のたつなりくんのお芝居をミスという一言で片付けたくないのだ。
8/25夜公演のたつなりくん千秋楽のお話。
この日のルドルフはマチソワ共にたつなりくんで、トート閣下はマチネが古川さん、ソワレが芳雄さんだった。
本当のことは芳雄さんとたつなりくんにしかわからないし、私はこう捉えたというだけのお話なので、以下のことは戯言として読んでいただければと思います。
たつなりくんの千秋楽であるこの日を、私は特別そわそわするということもなく、今日までよく頑張ってきたなあという晴れやかな気持ちで迎えた。どちらかというと、いつも初日の方が不安いっぱいでドキドキしながら劇場に向かっている。
マチネではカテコでの子ルド役陣慶昭くんとのかわいらしいやりとりにほっこりし、ソワレ1幕ではルドルフバイトの安定のかわいさに「今日も最高!」とエーヤンたつなりくんだった。(なぜハンガリーで旗を食べたかの謎はいまだに解き明かされていない)
そして2幕。
場面は進んでいき、コルフ島での“パパみたいに”の次はいよいよ青年ルドルフの登場だ。万里生さんフランツとの“父と息子”の対立シーンの後、“闇が広がる”が始まる。
ここはルドルフの見せ場であると共に難所でもあると思っているので、観ているこちらもついつい力を込めて舞台上を見守ってしまう。
熱量のあるお芝居が進んでいく中、
世界が沈むとき 舵を取らなくては
僕は何もできない 縛られて
ここで思わずドキッとした。熱がこもりすぎたためか、ルドルフの「僕は何もできない 縛られて」でテンポが遅れてつっかえてしまったのだ。少なくとも私が観劇した十数回のうち、たつなりくんがこの箇所で失敗したことはなかった。それがよりによって千秋楽のこの回に起きてしまうとは。
たった一瞬、今日初めて観る人がいたら気が付かないかもしれないほどの、ほんの僅かなズレだった。しかしこのときの私は「どうしよう...どうしよう...」と頭の中が真っ白になって泣きそうになった。ここからたつなりくんはどう出るんだろうと、じっとオペラグラスを構えて見つめることしかできなかった。
不幸が始まるのに 見ていていいのか
未来の皇帝陛下
「縛られて」で自分の体を抱きしめながら座り込むたつなりくんルドルフ、そして「不幸が始まるのに」からズイッ...ズイッ...とルドルフに迫りどんどん追い込んでいくトートというのがこれまで何十回と繰り返されてきた演出だ。しかしこの日のやりとりは一味も二味も違うように見えた。
芳雄さんトートの「不幸が始まるのに見ていていいのか?」という問いかけがいつも以上に容赦なく殺気立っているように感じたのだ。
対するたつなりくんルドルフは眉を潜め、イヤイヤをするように首を横に振りながら後ずさる。
まるで芳雄さんに「お前はこのまま終わっていいのか?」と問い詰められたたつなりくんが苦悶しながら答えを導き出しているかのように見えた。
そして立ち上がったルドルフは叫ぶ。
我慢できない!
まるで闘志に火がついたようだった。不屈の精神、不撓の姿勢とはこのことか。たつなりくんの声も表情も今までと全く違った。
いつもは起こらないことが起き、追い詰められた末にたつなりくんが選んだのは、さらに攻めるという選択肢だった。
これはよくできたシナリオかというほどの劇的な展開に思わず涙がこぼれた。
トートに扇動され革命に立ち上がったルドルフと、逆境に立ち向かったたつなりくんがシンクロして見えた。
この局面で守りに入らず、逆境を攻めに変えたたつなりくんに思わず感服してしまう。それと同時にたつなりくんを恐ろしいとも思った。自分のメンタルを瞬時に切り替える強さ、リカバリー力、冷静な対処力、勝負師のような爆発力。たつなりくんの、舞台に生きる役者としての矜持のようなものも感じた。
また、この人に千秋楽とか終わりとかいうことは関係ないのだとも思った。たぶんたつなりくんは舞台に立ち続ける限りその一瞬一瞬を生きて戦うんだろうな、と。そう考えるとたつなりくんを応援させていただいていて、舞台上で生きる軌跡を追えている今このときに感謝してもしきれない。
歌もお芝居もシンプルに上手い役者さん方と共演するたつなりくんを見ていると、「まだまだそんなもんじゃないだろう?」「それで満足したわけじゃないだろう?」と上へ上へ引っ張られているような感覚だ。エリザベートという作品は、小手先で取り繕われたものは洗いざらい暴かれて、余計なお飾りは通用せず、役者の真価が問われる舞台だったと思う。
そんなたつなりくんがインタビューで「今1番楽しいと思えるのがお芝居だから他の仕事をする自分は想像できない」と言ってくれたことにとてつもなく感動したし、幸せを感じてしまう。今までのお仕事で吸収したこと全てを糧にして、これからもたつなりくんが楽しんでお芝居ができたらと願うばかりだ。